拷問遊戯―木馬責め―  


 木馬責めとは
 ――江戸時代、おもに女囚におこなった拷問。背を鋭く尖らせた木馬にまたがらせ、両足に重りを吊り下げる。さらに木馬を揺さぶり、打ち叩き、白状するまで責め立てた――
 時は平成。拷問蔵を模して作られたセットに、女と男は居た。蔵の中央には、鋭い背を持った木馬が鎮座していた。
 女を責めるために、男が作ったのではない。
 自らを責めるために、女が作ったのだ。
 材料を買い集め、工作している時点で、すでに女は恍惚としていた。
 江戸時代の女囚になって、木馬責めの拷問に掛けられてみたい。子供の頃から拷問に興味を持っていた女は、特に木馬責めに憧れていた。
 目の前にある木馬に自分が跨がらされ、足に重石を吊り下げられて、さらに厳しく責められることを想像しただけで、身体が熱くなる。
 女性にとって最も過酷であるという責めに掛けられる。その夢が、現実のものになろうとしていた。あとは、自分にその覚悟があるかどうかだった。

    *

 後悔という言葉の意味を、いま女は噛みしめていた。
 子供の頃から夢にみていた木馬責めへの甘美な思いは、ほんの数分で粉々に打ち砕かれていた。
「あ、うぅぅぅッ!」
 自らの製作した、本格的な三角木馬に跨がらされたその瞬間から、女の股間は悲鳴を上げ続けていた。
 浅葱色の囚衣をまとっているが、下着など着けてはいないので、柔肉に直接木馬の尖った背が食い込んでいる。
 両手は背中で高手に括られている。背に結ばれた縄は、天井の梁から軽く吊り上げられていた。失神しても転げ落ちないようにするためである。
 拘束されていなかった足にも男は手を伸ばした。
 女の両足首を縄でつなぎ、その真ん中に重石を吊り下げた。
「ぎゃああッ!」
 股間に加わる力が重石の分だけ増した。重さは四貫ほどであったが、痛みは倍になったかのように感じた。
 まだ木馬に跨がらされてから十分も経っていなかったが、もう限界だと思った。
 ……ここで屈したら、処刑されてしまう。
 本気で、心の奥底からそう思うことなしに耐えられるものではなかった。
「はあっ、はあっ、うぐッ!」
 息をするだけで股間に振動が伝わり、呻き声があがる。
 女は、どうにかして木馬の上から逃れようと、身を捩って悶えたが、更なる苦痛を股間に受けただけであった。
 全身から噴き出した汗が囚衣に染みをつくってゆく。
 ゆるりと時間は流れ、女の顔は涙と汗と涎でぐしょぐしょになっていった。
 三十分ほど経過した。
 江戸時代の女囚が味わった木馬責めの苦痛は、もう十二分に堪能した。
 とにかく一度降ろしてもらおうと、女は音を上げた。
「おゆるしください……もうしあげます」
(せっかく作った木馬だろう、もっと味わえ)
 男が囁いた。
 一瞬、現実に引き戻される女。私が作った、私の木馬。ここで降りるのは勿体ない!
 そう。江戸時代の女囚は、この程度の責めで屈したりはしなかっただろう。四時間も掛けられた記録もあるという。
 たとえ責め殺されてもいい。木馬責めを最後まで耐え抜くんだ。
 女は再び覚悟を決めた。
 今日の役は、身に覚えの無い牢破りの疑いを掛けられた女囚だった。
 企んだのはお前だろうと、激しく責められている。認めれば、死罪は免れない。
 男の手が腰を掴むのを感じた。次の瞬間、思い切り前後に揺さぶられていた。
「あああああーッ!」
 股間が木馬の背に削られ、性器に血が滲んだ。
 木馬が軋むほど、激しく揺さぶられた。
 両足に吊された重石が前後に揺れ、女の下肢は振り子のように動いた。
 両足は木馬の下で繋がれ、上体を緩く吊り上げられている女には、もとより木馬から逃れる術はない。
 やがて女の腰から男は手を離した。揺れがおさまると女の絶叫は喘ぎ声へと変化する。
 涙でぼやけた視界に、男の姿は映らない。だが、何やら不穏な気配がする。
「ぐおおッ!」
 女の股間に加わる力が、さらに増した。足に重石が追加されたのだ。
「いやあああぁ、やめてえええぇ!」
 頭を振り、指先を動かして激痛を紛らわそうとするが、手首の縄目は緩むことはなかった。
 さらに。男が箒尻を手に取るのが見えた。手のひらに打ち付けながら、女の周りをゆるりと回る。まるでそれは、どこを打擲するか思案しているかのようであった。
 バシッ
「うぎゃあああッ!」
 一発目の笞は、尻に当てられた。
 打たれた箇所の痛みは耐えられぬほどではない。だがその振動が股間に伝わり、身体を揺さぶられた時と同じ激痛が走ったのだ。
 二度、三度、さらに繰り返して笞が当てられる。
 女は声が嗄れるほど啼き叫んだ。
「わたしくではございません、何かの間違えです!」
 四回、五回。
 打擲の音は徐々に高まってゆく。
 笞は、胸にも飛んだ。
「うくッ!」
 囚衣の上からではあったが、急所を打たれて息が詰まる。
 汗と涙が鼻先や顎先から滴り落ちた。
 女は、頭が真っ白になり、意識がふっと薄れるのを感じた。
 崩れ落ちそうになる身体が、梁から吊られた縄に引き戻される。
 男は、女の胸元を広げ、乳房を露わにした。
 胸の先端を摘ままれ、女は苦悶した。乳首を乱暴に引っ張られ、上体が前屈する。
「うぁぁぁぁッ!」
 木馬の尖った背が、陰核に鋭く食い込み、女は啼いた。
 男は股間にも指を伸ばした。右乳首と陰核を同時に刺激され、苦痛と快楽の狭間で、女は喘いだ。
「いや……いや……」
 頭が横に振られ、口の端から涎が飛び散った。
 男の身体が離れ、背後に回った。
 腰に手が添えられた。
 ――また揺さぶられる!
 先ほどの激痛を思い出し、女はひッと息をのんだ。
 男が腰を前後に揺さぶった。性器を引き裂かれる痛みに、女は悲鳴を上げた。
 さらに、腰を左右にひねられ、性器をすり潰される。
 肌の上を滝のように汗が流れ、囚衣はぐっしょりと濡れそぼっていた。
 男はさらに力を込めて、女の体を揺さぶった。
 股間から流れ出た血が、内股を伝わり落ちてゆく。
 自白するつもりはなかったが、女の口からは喘ぎ声が漏れ出ていた。
「おゆるしください……おゆるしください」
(お前がやったのだな)
 唇を噛んで、耐える。
「いいえ……わたくしでは……ございません」
 男は女の囚衣の裾を捲って、尻を露わにした。そして再び笞を手に取った。
 渾身の力を込めた笞が、尻に当てられた。
 バシィィッ
「ぎゃあああッ!」
 拷問蔵に響く獣のような絶叫は、もはや人のものとは思えなかった。
「うぉぉぉぉッ! うぉぉぉぉッ!」
 バシィィィッ!
 叩きつけられる笞、真っ赤に腫れ上がっていく尻。肌から飛び散る汗。
 三十を超えたところで、ついに女は折れた。
「もうしあげます! もうしあげます!」
 両足が痙攣し、視界が暗くなり、そして女は失神した。

    *

 股間にはじんじんとした痺れと、激痛の名残りが混在していた。足は棒のようで、自分の物とは思えなかった。後手に縛られていた腕も動かなかった。
 筵の上に横たわった女は、唯一動かせる頭をもぞもぞと動かし、木馬責めの余韻に浸っていた。
「私、白状してしまったのですよね……」
「ああ」
「死罪ですか」
「そうだ。良かったな、もう拷問に耐える必要もない。俺の役目も終わりだ」
 意地悪く、男は女を嘲った。
「それは……つらいです。あんまりです」
 女は自白を撤回した。
 今後は、さらに苛烈な拷問に掛けられることになるだろう。
 女が望むように。


(c) 2019 信乃


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